「ラクスっ!!」
突然耳に入った音に振り返り、キラは目を疑った。
砂浜に倒れるラクスの姿。
自分の中で血の気が引いていくのが分かる。
気がつけば、必死で彼女の名を叫び、無我夢中で駆け出していた。
「ラクスっ!ラクスっ!!」
抱き起こし、余裕の無い声で彼女の名前を叫ぶように呼んだ。
何が起こったのか、自分自身さえ分からない。
動揺して冷静な判断が出来なくなっているキラは、ただ必死に彼女の名前を叫ぶことしか出来ない。
しかし、いくら名前を呼んでもラクスが起きる気配は無い。
それどころか、顔色は悪く、普段から白い肌が恐いくらいに白さを増しているような気がし、嫌な予感を呼び起こさせた。
「ラクスっ!」
ぎゅっと抱きしめて、溢れる涙をそのままに叫ぶ。
彼女の体温が下がれないように、少しでもラクスを繋ぎとめるものが欲しくて、その華奢な体を必死で抱きしめた。
「キラっ!!」
背後に掛かる声に、キラは錯乱した瞳のまま振り返った。
声の主はアスランだった。彼の後ろにはカガリもいて、ただならぬキラ達の様子に血相を変えて駆け寄ってくる。
「アスラン・・・カガリ・・・」
叫び続けて掠れた声で、彼らの名前を呟いた。
「ラクス、どうしたんだっ!?」
キラの隣に膝を付き、カガリはキラの腕の中にいるラクスに触れた。
「ラクスが・・突然、倒れて・・・ラクスっ!ラクスっ!!」
「キラ!、落ち着けっ!!」
完全に錯乱しきっているキラに、アスランは怒鳴った。
「こんなところに居たってラクスは目を覚まさない。とにかく、家に戻るんだ・・・」
「そうだっ!まずは医者を呼ぼう!!」
アスランの言葉に大きく頷き、カガリはすくっと立ち上がった。
「ラクスは居なくならない。大丈夫だ・・」
キラを落ち着かせるため、優しい笑みでアスランは宥めた。
”大丈夫”・・・・その言葉に、じわりと涙が滲む。
キラはぐっと涙を拭って決意の瞳で頷いた。
***********
「精神的なものでしょうね・・・」
「精神的なもの・・?」
キラはその言葉に唖然とする。
目の前にいる、背に流れる薄紫の髪と蒼の瞳をした女性――ウィタ・ラクリマは、そのやや切れ長の目をより細め、眠るラクスを悲しげに見遣った。
キラに手を握られ、静かに眠るラクス。
ウィタは軽く瞳を伏せ、ため息をつく。
向き直ったウィタは、ラクスを挟んでキラとは反対側に居るカガリとアスランを見た。
「ラクスは・・大丈夫なのか?」
「それは、分かりません。カガリ様。」
心配気に尋ねるカガリに申し訳無いと思いつつも、ウィタははっきりと告げた。
ウィタ・ラクリマは、カガリが呼んだ医者だった。
カガリの幼い頃からの主治医であり、若くして難関である国家試験をパスした名医である。
カガリは彼女に世話役であるマーナと同じく絶対の信頼を寄せていたため、至急彼女を呼び寄せたのだ。
そんな彼女からの返答に、カガリは「そんなっ!」と声を荒らげる。
「カガリ様、落ち着いて下さい。」
ウィタは至って冷静だった。
「体調のほうは落ち着きました。命に別状はありません。私が言っているのは・・・」
そこで言葉を切ると、ウィタはカガリから視線を外し、また眠るラクスを見る。
「精神的な面が心配なのです。倒れたのも、心労からでしょうから。」
心とは、時として体全てを支配する。
「彼女がこうなった原因に、何か心当たりはありますか?」
「心当たり・・・」
彼女の言葉をキラは繰り返し、一つのことが思い当たった。
それは倒れる直前の会話。
取り乱すラクスをそのままに、一人その場を去ろうとしたこと。
キラの沈黙をウィタは見逃さなかった。
「心当たりがおありのようですね・・・。」
「・・・」
答えられないでいるキラを見兼ねて、ウィタは言葉を続けた。
「今は、敢えてそのお話は聞きません。彼女が目を覚ました時、もう一度診察を致しますのでご連絡下さいますよう・・・」
「ああ、分かった。わざわざ来てもらって悪いな。」
「いいえ、カガリ様のご友人とあれば尚更です。」
にっこりと微笑み、一礼して退出していくウィタ。
その姿を見送るアスランとカガリ。
そしてキラは・・・
「ラクス・・」
細くて華奢な手を握り締めながら、不安な心のままに彼女の名を呼んだ。
君の名前を何回だって呼ぶから
だから、どうか僕のもとに戻ってきて
早く目を覚ましてよ―――
********
ウィタが退室して扉を閉めると、ふとあることに気付いた。
「貴方は中に入らなくて宜しいのかしら?」
「ええ、お気になさらずに。」
ウィタの視線の先、近くの壁に凭れていたのはシエルだった。
自分に向けられた笑顔に、ウィタは苦笑する。
「あまり私を舐めないで下さい。」
「・・・。お見通しということですか?」
「ええ。」
今度はにっこりと笑ってウィタが頷いた。
「貴方は今、我慢されているのでしょう?」
「我慢・・、まぁ、間違ってはいませんね。」
ウィタの言葉に驚きの表情を浮かべ、そして苦笑した。
「入りたいのはやまやまですよ。俺の大切な従妹ですから。」
「では、何故入らないのかしら?」
入りたいなら、入ればいいでしょう?と言うウィタの主張は間違っていない。
「彼がずっと傍にいるから入れない・・・怒りを抑えることが出来なくなりそうで・・」
「穏やかそうな雰囲気なのに、意外と過激な方なのね。」
「あなたも随分と率直にいう人のようですね。」
言って、互いに嘆息した。
「分かってはいるんです。そう仕向けたのは俺ですから。」
「やはり、あの二人の間に何かあったのね。」
それは見ていれば直ぐに分かった。
ウィタはそれだけ言うと、シエルの話にまた耳を傾ける。
「引き離すために言った言葉、そして、それがラクスを傷つけることだとしても、俺は・・・」
俺には、”それ”しか無かった・・・
ラクスを”守る”ためには・・・
「貴方も大きな悩みを抱えているように見えるわ。」
その言葉に、シエルはふっと自嘲気味な笑いをした。
「悩み・・・確かにそうですね。ですが、俺のすべきことは決まっています。」
「なら、何故悩むのかしら?貴方は躊躇っているのでしょう?」
「それ以上の詮索は、お断り願いたいですね。」
ウィタの言葉を寄せ付けない、冷淡な瞳でシエルは言った。
そこには柔和な雰囲気など一切無い。
(なんて、厄介な人・・・)
ウィタはそう思った。
幼少よりカガリを見てきたウィタは、彼女をとても大切に思っている。
そして、カガリが大切だと思う人たちのことも、出来る限り守っていきたい。
敵だと認知するならば、容赦なく反撃に出るつもりだった。
もちろん、医者であるのだから命を奪うものではなく、話し合いとして・・だが。
だが、目の前の彼は敵と認知し難かった。
それは、彼が”敵”である前に、彼もまた”何か”を抱えていると分かるから。
これは医者の勘なのだろうか。
ただ、容易に手を出していいものではない、それだけは確信していた。
「大切な従妹さんが目を覚まされましたら、ご連絡下さいね。」
有無を言わさぬ笑顔を顔に張り付け、ウィタはそれだけ言うとその場を後にした。
残されたシエルは・・・
「・・一番愚かなのは、俺なんだ・・・」
凭れていた壁に背を預けたまま、ズルズルと床に座り込んだ。
「「ごめん、ラクス・・・」」
キラとシエル二人の声が重なった。
**********
「・・・っ!?」
ゆるりと瞳を開け、キラはガバっと勢いよく起き上がる。
ラクスの手を握ったまま眠ってしまっていたことに気付き、キラは慌てて彼女を確認した。
すやすやと規則正しい寝息を立てるラクスの姿にほっとする。
「僕、寝ちゃうなんて・・・」
泣き疲れ、そのまま倒れるようにラクスの枕元で眠ってしまっていた。
それが何だか情けない。
キラが泣くのを我慢していたのが分かっていたのか、カガリとアスランはウィタが帰った後、早々にこの部屋を立ち去った。
そして、ラクスと二人っきりになってから延々泣き続けたのだ。
ふと近くの窓を見ると、もう空は夕焼け色をしている。
ああ、一体どのくらい寝てしまったのだろう・・・。
空をじっと見ながら深くため息をついた時だった。
ピクリと何かが動く。
「っ!?」
素早く反応し、それが自分が握るラクスの手だと理解する。
そして、ラクスの名を呼ぼうとした瞬間―――――
「・・・・んっ」
ずっと見たかった空色の瞳が、今、キラの目の前で開かれた。
「ラクスっ!!」
喜びの表情で彼女の名前を呼ぶ。
ラクスはゆっくりとした動作で上体を起こし、キラを見た。
「ラクスっ!!」
キラが嬉しそうに再度呼ぶと、覚醒し始めたラクスはじっとキラの顔を見る。
そして、ふわりと笑った。
「まぁ、貴方はどちら様ですの?」
「え・・・」
「わたくしはラクス・クラインですわ。貴方のお名前を教えて頂けますか?」
「・・・な、何言って・・・」
動揺するキラに、ラクスは首を傾げた。
―――――君は本当に僕の前からいなくなってしまったの・・・?
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